ひとつのドリーム(長文です) [ #3931 - 04/03 02:20 ]  ご隠居さん HDを整理していましたら何やら意味不明なファイルが大量に出土しました(^^; どうやら聖戦初期のシナリオ設定の一部みたいですが、おもしろいので少しだけUPします。 まあ、こんな設定も「IF・・・」としてあったんだ、程度に捉えてもらいたいですね。 決して公式設定ではありませんのでお間違えのないように。 (聖戦の後日談はプレイヤー一人一人の胸のうちにあるはずです) では、心して見るように(笑) *リーン(1) シルヴィア(18)はクロードの勧めによりダーナの修道院へ逃れる。 リーンを預けたのちクロードを探しもとめて放浪。 3年後ブラギの塔で無残に変わり果てたクロードと再会。 彼の目となり手足となって移り行く時を見つめ子供たちを見守る。 コープルはシルヴィア23才のときの子ども。 リーンはアレスと結ばれアグストリア王妃に、コープルはエッダの当主 となり、2年後、母シルヴィア(このとき38才)との再会を果たす。 しかしクロードはその役目を終えた時点で息を引き取る。 (後、ブラギ26聖人の一人として祭壇のレリーフに刻まれる) *ナンナ(0) 身重のラケシス(19)はデルムッドをオイフェに託すと北トラキアの実家 に戻っているエルトシャンの妻とアレスを保護すべく無理をしてでかけ る。しかし夫人に冷たくあしらわれ(夫人はシグルドとラケシスを憎んで いる)やむなく魔剣ミストルティンを託して立ち去る。 その後、ティルナノグへ行こうとするが帝国の監視の目が厳しく、 フィンのもとへ逃れる。翌年ナンナを出産したラケシスはフィンと力をあ わせて二人のこどもを育てる。ナンナ8歳のときにデルムッドを迎えに 行くためティルナノグへ。フィンは危険だと強く引き止めたが、その決 意は固く、結局消息不明になる。 後日、アグストリアの制圧がなりシルベール砦の収容所が解放る。 ここにもロプト教団によって多くの子供たちが囚われていたが彼らにマ ザーと慕われる一人の女性(彼女もまた帝国によって捕えられていた 囚人であった)によって、かろうじて正気をとどめていた。(ラケシス) 解放軍の指揮官として立ち会ったデルムッドはこの地で母親との再会 を果たす。(ラケシスは一目で気づいたらしい。ベオの面影?) ラケシスはその後ナンナ、アレスとも喜びの再会を果すことになる。 *セティ(1) ラーナ王妃に預けられる。フユリーはレヴィンとの固い約束を信じて バーハラの戦場から脱出しシレジアへ逃れる。 半年後シレジアも帝国軍に襲われフユリーは出撃を試みるが ラーナに強くいさめられてトーヴェへ脱出。 ラーナは市民の身代わりとなって帝国兵に殺された。(後に皇帝アル ヴィスはその兵士と指揮官を極刑に処し、王妃を手厚く弔ったという) 数ヶ月後死亡したと思っていたレヴィンがひょっこりと舞い戻ってきた。 それはフユリーにとって夢のような出来事だった。レヴィンは何事もな かったかのようにフユリーの良人として5年を過ごし(帰国翌年にフィー が生れる)その翌年「旅に出る」といって姿を消した。 (セティ7才、フィー4才のとき) その後、短いときは半年、長ければ2年くらい家を空け、ふらりと舞い 戻ってきては数日間フユリーと中むつまじく過ごし、また出かけるという 暮らしを続け、最後に家を出たのはセティ13才、フィー10才のとき、 2年後、フユリーは病を得、セティは父を探す旅に出る。フィーの必死 の介護の甲斐なく半年後にフユリーは他界。フィーの手紙からそのこと を知ったセティはレヴィンに知らせねばとさらに旅を続けた。 フィーが旅立つのは最後に父を見た日から4年後(14才)、途中兄と 同い年のアーサーと運命的な出会いをするが、もちろん二人とも気づ かない。 *アーサー(1) セティとともにラーナ王妃に預けられる。父親アゼルはティルテュが 戦いに参加することはなんとしても止めたかったが、ティルテュは父レ プトールを説得できるのは自分だけだと強引についてくる。 レプトールは愛娘のティルテュがシグルドによって人質にされていると 思い込んでいた。父レプトールとの戦いにティルテュは心身ともに疲れ 果てひどく衰弱してしまう。 凱旋式の前日、シグルドはアゼルに憔悴したティルテュに元気を 取り戻させるためには子どもの顔を見せるのが一番だと言い、ともに シレジアに行くように命ずる。 アゼルは後ろ髪を引かれながらも愛するティルテュのためにと戦場を 後にする。シレジアでティルテュは快復に向かうがやがて帝国軍の 攻撃が始まり、ラーナの願いもあって二人で地方に逃れる。 アゼルはラーナに託されたこと(力のない人々を助けてほしい)を 守り、人々とともに生きる決意をする。 2年後、病気も癒えたティルテュは可愛い女の子を出産する。 そのころ、グランベルの大陸制覇は完成し、世界はようやく落ち着きを みせはじめた。アルヴィス皇帝はその理想の通り平等で差別の無い世 界の構築を目指して奴隷の解放、悪質な貴族たちの追放、悪徳商人 の逮捕などの施策を矢継ぎ早に実行し民衆から圧倒的な支持を受け た。それとともに地方の反乱も収束に向かい、アゼルたちの立場も微 妙なものになってきた。彼らが大罪人として追われる立場にあることが 村人にとっても重荷になってきたのである。(この当時は連座制が布か れており罪人を助けることは村全体の罪となった。故郷にいるフユリ ーは事情が異なる) アゼルは悩む。自分たちの戦いはいったいなんであったのか? これが理想の世界であるとしたら自分は何の考えもなく兄の理想実現 の邪魔をしただけなのか? いや違う。目的は正しくともその手段が間違っていればいずれ必ず 破綻が来るとクロード司祭は言われていた。 兄は間違っている。絶対に間違っている!! アゼルはバーハラに行く決意を固める。アルヴィスと話し合い、すべて を明らかにして、その上で民衆の選択に委ねる。それが兄にとっても 最善の方法であると思われた。 ティルテュは泣きながらすがった。行かないで、行けば必ず殺される。 だがアゼルの決意は固く、ティルテュと二人の子どもを残して旅立つ。 アゼルの決意は決して間違ったものではなかった。 この当時、アルヴィスは夜な夜な悪夢に魘され、孤独感に苛まれてい た。もしアゼルとの再会を果たせば彼とて心が動いたであろう。 だがマンフロイは許さなかった。王宮に現れたアゼルを石化魔法で 眠らせ二度と目覚めさせることはなかった。 彼が目覚めるのはそれから10年後、王宮地下の秘密の祭壇が暴かれ ナーガの力をえたユリアの高位魔法によって石化が解かれるときで ある。アゼルは28歳の若い姿のままでアーサー、ティルテュの前に あらわれ二人を驚かせる。そしてもう一つの奇跡は、クロードが自分の 命と引き換えに、兄ブルームによってシレジアの氷室の中に手厚く葬 られたティルテュ(当時27歳)を生還させたこと(これ以降、聖杖バル キリーが成功した例はない) 二人は記憶もそのままに奇跡の生還を果たし、思いでの シレジアで幸せにすごすことになる。 話を少し戻す。シレジアに残ったティルテュはアゼルの安否を気遣い ながら帰りを待つが、むろんなんの連絡もあろうはずがなく、時間ばか りが立ってゆく。ティルテュの涙もかれた頃、帝国兵の一団が隠れ家を 襲った。どうやら災いを恐れた村人が密告したようだ。 7歳になっていたアーサーは河原に遊びに出ていて無事だったが 4歳の妹ティニーと母ティルテュは連れ去られ、その後アーサーは 隣村の心優しい老婆に引き取られてシレジアで成長する。 (影でレヴィン/フォルセティが関与していた) ときおり訪ねてくる旅の商人(実はレヴィン)にいろいろな ことを学んだ。不思議なことに魔法の使い方まで教えてくれた。 16のとき、母がすでに亡くなっていること、妹がマンスターにいることを 商人から聞いた。アーサーは旅立ちを決意する。 *レスター(2) エーディンはシグルドから特に請われてイザーク行きの子供たちの 世話をすることになった。(エーディンは二人目の子供を宿していた) ラーナ王妃はザクソンを発つにあたって子供たちと母親をシレジアに 残すことを強く迫ったが、シグルドはもし戦いに負ければ反逆者たる 自分の子をグランベルは放置するはずもなく、結果、シレジアを戦い に巻き込むことになる、と辞退した。(レヴィンの子とティルテュ、アゼル の子ならグランベルは手出しをしないと判断、ラーナにあずける) イザークに行くのはセリスの他、エーディンとジャムカの子レスター、 ラケシスとベオウルフの子デルムッド、そしてアイラとレックスとの間に できた双子の子、スカサハとラクチェであった。他はシャナンとオイフェ シグルドはシルヴィアとクロード神父にも子ども(リーンという女の子) を連れて一緒に行くように言ったがクロードは聞き入れず、シルヴィア も頑なにクロードの側を離れようとしなかった。(乳飲み子の リーンをエーディンに預けることもできなかった) エーディンはティルナノグの修道院で村の子供たちに読み書きを 教える傍ら、子供たち6人(翌年ラナが生れて7人)の母親役として 忙しく働いた。村人たちもシャナン王子を次期国王として敬い、 エーディンに可能な限りの協力を惜しまなかった。 オイフェとシャナンは老剣士から剣を教わることになった。 かつてはイザーク王家の剣術指南だったというその老人によって 二人の実力(特にシャナン)はぐんぐん上がり、数年で老人を凌ぐほど になった。こうして16年の月日がながれ、子供たちはエーディン の優しさに包まれて立派に成長する。 エーディンは後、レスターに求められてヴェルダンに移り住み、この国 で生涯を閉じる。その墓碑には「英雄ジャムカ王の妃」と記されている。